東京高等裁判所 昭和60年(ラ)438号 決定 1985年12月27日
抗告人
有限会社東京コヤマ
右代表者代表取締役
小山静夫
右代理人弁護士
田中茂
主文
原決定を取り消す。
横浜地方裁判所が、同裁判所昭和五九年(ケ)第二九六号不動産競売事件において、別紙物件目録記載の土地建物につき昭和六〇年三月一日した抗告人を買受人とする売却許可決定を取り消す。
理由
一本件執行抗告の趣旨は主文と同旨であり、その理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。
二よつて判断するに、本件記録によれば、(1)別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は都市計画法上の市街化調整区域内にあるから、神奈川県知事の許可を受けなければ、同法二九条二号、三号に規定する建築物以外の建築物の新築等をしてはならない(同法四三条一項)ところ、申立外櫻井堯浩は、右許可を受けず、かつ、食肉牛飼育施設従業員住宅(同法二九条二号にいう「農業……を営む者の居住の用に供する建築物」)を新築する旨の虚偽の申請書を提出して建築基準法六条一項の確認を受けて、昭和五三年一一月ごろ、一般の住宅として本件土地上に別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を新築し、本件土地建物を第三者に売り渡した(そのため、昭和五七年七月二三日申立外出浦敏雄らが本件土地建物の所有権を取得するに至つた。)こと、(2)そこで、神奈川県知事は、昭和五四年八月一五日ごろ、申立外櫻井堯浩に対し、都市計画法八一条一項に基づき、本件建物を第三者から買い戻し食肉牛飼育施設従業員住宅として使用するよう命じ、次いで、昭和五五年三月二五日、茅ケ崎警察署長に対し、申立外櫻井堯浩を都市計画法四三条一項、八一条一項および建築基準法六条一項違反により告発したが、さらに、今後一般の住宅としては何人に対しても本件建物の増改築等を一切許可しないこととしていること、(3)執行裁判所は、本件土地建物について、昭和五九年四月五日不動産競売開始決定(横浜地方裁判所昭和五九年(ケ)第二九六号不動産競売事件)をし、同年五月二四日評価人宮寺栄一に本件土地建物の評価を命じたこと、(4)評価人宮寺栄一は本件土地建物が都市計画法上の市街化調整区域内にある(このことは評価人宮寺栄一作成の評価書に記載されている。)ことをふまえ、漠然と買受人が本件建物をこれより大きな建物に増築することは不可能であろうと考えながらもそれ以上右(1)、(2)の事実について考慮することなく、本件建物につき二九二万八〇〇〇円、本件土地につき五九九万四〇〇〇円の評価をしたこと、(5)執行裁判所は右評価に基づき、本件土地建物を一括して入札に付し、その最低売却価額を右合計八九二万二〇〇〇円とすることを定めたこと、(6)抗告人は、本件土地建物が都市計画法上の市街化調整区域内にあること以外前記(1)、(2)の事実を全く知らず、昭和六〇年二月一五日価額一〇六六万六〇〇〇円をもつて入札し、本件土地建物の買受けの申出をしたこと、(7)執行裁判所は同年三月一日抗告人に対し売却許可決定(以下本件売却許可決定という。)を言い渡したところ、本件売却許可決定は同年三月八日の経過により確定したこと、(8)その後昭和六〇年四月二〇日ごろに至り抗告人は前記(1)、(2)の事実を知つたこと、(9)なお、執行裁判所は本件土地建物の代金納付期限は追つて定めることとしていること、以上の事実が認められる。
しかし、前記(1)、(2)で認定した事実(とりわけ一般の住宅としては、本件建物の増改築等を一切することができない事実)が本件建物の価額を相当程度低落させることは明らかであるから、これを民事執行法一八八条で準用する同法七五条一項にいう不動産の「損傷」と解して妨げないことはもちろんである。そして、その損傷は、買受人の責に帰することができない事由により生じたものであり、しかも軽微なものということはできないから、それが買受けの申出をする前に生じたものであることは明らかであるものの買受人がさきに認定したようにこれを知らなかつた以上、民事執行法一八八条で準用する同法七五条一項を類推適用して、その申立てにより、本件土地建物についてされた本件売却許可決定はこれを取り消すのを相当とするというべきである。
三以上によれば、本件執行抗告は理由があるから、原決定および本件売却許可決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官増井和男 裁判官河本誠之)
抗告理由書
一、原決定の事実の摘示については、そのとおりであるので、特に争わない。
しかし原決定の判断について、誤りがあるので、その点について反論する。
二、原決定は三、当裁判所の判断(二)、ウで「宮寺栄一の評価においては、本件土地について都市計画法上市街化調整区域内にあり、開発行為につき制限があり、特に右土地上の建物は現状のままでは原則として増築ができないことなどを特に考慮のうえ評価されて」いると判断している。
しかしながら、評価人である不動産鑑定士宮寺栄一作成の昭和五九年七月一八日付評価書の中には、公法上の規制として、本件土地が「市街化調整区域の指定地域内にある」との記載はあるが、本件土地上の建物が現状のままでは原則として増築ができないことの記載はどこにもなされていない。従つて、本件土地建物が、特にその点を考慮して評価されているとは到底考えられない。評価書作成当時、評価人は、本件土地建物が違法建築物件であるとの認識は全くなく、また市役所や県の行政センターに対し、その旨の調査をしていない。
もし、右評価書作成時点で、本件土地建物が違法建築で、刑事告発を受けている物件であると知つていたら、評価書の物件評価に至らなかつたものである。
しかも、評価額決定の理由の中に、当然違法建築で、刑事告発を受けていること、増改築は将来とも不可能であることは、絶対に記載すべきであり、それを記載しないことは評価自体が違法であり、評価人としての義務違反でもある。
三、同評価書に前記事由が記載されていたなら、抗告人はもちろん競買しなかつたし、一般人も競買しないであろう。瑕疵ある物件を好んで買う人はいないからである。
一方、原決定は「不動産業者であることを自認する申立人において通常の注意を用いれば、売却許可決定確定までに本件建物が違法建築物であることを調査することも十分可能であつた」と認定している。しかし、これはあまりにも独善的である。不動産鑑定士である評価人でさえ認識しえなかつた事由を、抗告人に求めることは酷である。買受人は裁判所の物件明細書、現況調査報告書、評価書を閲覧し、その内容を信用して、買受けするのである。その中に、本件物件は違法建築であり、増改築不可と記載があれば、誰も買受人となることはないであろう。本件の閲覧書類の中には、その説明が全くないのである。
従つて、抗告人が将来とも本件建物が増改築のできる物件であると認識するのは当然であつて、何ら責められる事由はない。
四、また、審尋期日調書の中で被審人宮寺栄一は、第二項で、「市街化調整区内の建物については、原則として現状のままでは増築できないことを考慮して評価している」と述べている。
しかし、この点は理解できない。何をもつて、このように断言しているのか。
市街化調整区域にある農家の建物あるいはサラリーマンの建物は、皆んな正々堂々と(もちろん建築確認の許可を得て)増改築している。
そのくせ、同調書第三項では、「一般的に……市街化調整区域内の建物については取りこわして、建て直すことは可能である」。と述べている。第二項と矛盾している。
五、原決定は、本件建物については、五五パーセントが法定地上権価額として加算して評価されていること、は買受けを拒否するであろう。買受人個人の問題として解決することはできない。
六、ところで、原決定は「県知事のこれ(違反建築物のこと)に対する対応特に桜井以外の所有者に対する除去又は改築命令もなされていないことに照らすと今後も本件建物の除去又は改築が命ぜられる可能性は極めて低く、違反建築であることが本件建物の価額に及ぼす影響は認められ」ないと認定している。
しかし、これは法に違反しても、時間の経過や所有者の変更によつて違法性が無くなるとする論法である。やり得を進めているようなものである。
一般の不動産販売について、制限事由がある場合は、物件説明書にその旨の記載をし、買主に口頭で説明する義務が不動産業者にある(宅地建物取引法三五条)。これに違反すれば、刑事、行政処分はもちろん、損害賠償責任を負う場合も発生してくる。
本件においても、評価書にその旨の記載がなければならないのである。しかも、神奈川県湘南地区行政センターは、「桜井以外の第三者が本件建物を買い受けて農業に従事する者の居住の用に供するのであれば、……適法な建物と認める……従業員住宅として使用されるようになれば、……増改築も可能である……」とする(同調書添付の電話聞取り書の事項欄参照)。すなわち、本件建物の取得者が農業資格者ならば、本件建物の増改築は認めるが、他の第三者は認めないとするのである(抗告人代理人の電話確認による)。農地が競売される場合、競買人が農業資格者に限られるのと同じ事由である。従つて、公告の中に、買受申出の資格の制限を記載すべきであつたのである。
七、また同センターは前記電話聞取り書の中で、「当センターとしては本件建物はあくまでも違法建築であるからこのままでは増改築を是認しないし、所有者が任意に取り壊してくれればそれが一番良いと考えている」。とし、弁護士法第二三条に基づく照会請求に対する回答でも、本件建物を将来増改築あるいは取毀後新築する場合の許可について照会を求めたところ、同センターは「増改築及び新築をすることはでき」ない旨の回答をしている。
要するに、農業従事者以外の者は、本件建物の増改築は全く認められないのである。従つて、本件建物を取得しても、現状のまま居住できるだけであつて、耐用年数がきて、建物が朽ちた時点で、本件土地のみを菜園として利用できるだけとなるのである。新築のために本件建物を取毀した場合も、再度建築は認められないから、やはり菜園として占有するのみとなる。
要するに、不動産としての商品価値が無いのである。同センターが、これほどまでに固執するのは、被告発人桜井堯治の所為が、あまりにも悪質であり、その違法性が強いためであつて、その認識を原審は看過している。告発事件は、横浜地方検察庁に送致されており、いまだ処分決定がなされていないだけであり、不起訴処分になつたものではない。
八、以上の事由により、本件のような事案についても、民事執行法七五条を準用して、競落不許の裁判をすべきである。本件物件の価値が物理的損傷以上に、価額が減少していることは明らかであるから、競買人の利益保護において、これを区別する理由はない。
物件目録
(1)所在 茅ケ崎市芹沢字城ノ腰
地番 弐五番壱八
地目 宅 地
地積 壱壱六・弐弐平方メートル
(2)所在 茅ケ崎市芹沢字城ノ腰弐五番壱八
家屋番号 弐五番壱八
種類 居 宅
構造 木造スレート葺二階建
床面積
一階 参七・弐六平方メートル
二階 弐五・六七平方メートル